岩手県沿岸部のこどもたちへのちいさなちいさな支援活動

おばちゃんのきもちプロジェクト Studio*Rocco

第6便【夏服バッグ】ご報告4

三陸のこどもたちと夏まつりを!!

いつも「おばちゃんのきもちプロジェクト」にご理解とご協力をありがとうございます。

今日は第6便の2日目のご報告(前編)をさせていただきますね。

前日宮古のホテルに泊まった私たちは、チェックインして食事をとるとほとんどすぐにダウンしました^^;
そして、チェックアウトは遅めの9時。
この日は快晴でとても暑い日になりました。

2日目のご報告をどんなものにしたら良いかとても悩んでいるうちこんなに遅くなってしまったことをお詫びいたします。
本便のメインとなる「夏服バッグ」のお届けは1日目に完了しており、2日目はほとんどプライベートとも言える旅になったからです。

思えば4月19日にはじめておっちゃん便が宮古市に入り、その後とても気になっていた山田町、大槌町、釜石市と下って行きましたが、宮古でも大変な被害があった田老地区やそこから更に北上した地域に対しても、心のどこかに「行かなくていいのか」という気持ちがいつもありました。
それはおっちゃんも同じでした。

それなら行けばいい。
行って何もできることがないならそれでいい。
とにかく行って確かめて来よう。

まずは、みなさんからお預かりした第6便に便乗する形で、このような実に個人的な旅をしてきたことをご報告しておきます。
今までは
「お預かりしたご支援品を持ち帰ることないように必要とするこどもたちにお届けしてくる」
ことを一番に考えてきましたが、第6便2日目は
「必要とするこどもたちが果たしているのだろうか?」
というほど何も情報がない状態でのスタートでした。

私たちはまず予定通り野田村を目指しました。
山間の道を行くのですがその途中、第三便で文具バッグをお届けした宮古市愛宕小学校のすぐ近くを通ります。
当時やっと着手され始めていた仮設住宅が、校庭にびっしりと建てられているのが見えました。
避難所の方々が住まい始めてからはもう1ヶ月半ほど経っていると思いますが、あの雨の中で見た心もとなげな景色しか知らない私たちにとって、それはなんだかとても心強いものに映りました。
新たな1歩、次のステージ、良い言葉が見つかりませんが、確実な歩みを感じる風景でした。

 

野田村の町は一切合財がなくなってしまった印象でした。
実際にはそうじゃなかったかもしれません。
でも、がれきの山もなく、建物の基礎もありませんでした。
辺り一面草原?と思ってしまったほどでした。

よくよく見ると、がれきが撤去され更地のようになった後に雑草が生い茂っているのがわかりました。
生い茂る雑草の下には他の地域でも見られるように、建物の基礎が残っていました。

野田村すべてを見て回ったわけではありませんが、宮古や山田の各地に比べとても早くすべてが運んだのではないかと思いました。
既に雑草が生い茂りいろいろなものを覆い隠してしまうほど。

役場を訪ね、避難所について聞いてみますと、
「1週間ほど前に避難所はなくなりました。」
とのこと。
少し誇らしい感じの言葉でした^^

更に保育園や幼稚園などこどもたちが集まる施設について伺うと、3園があるとのことでその場所を教えていただきました。
その日は日曜日ですから誰もいらっしゃらないことを覚悟で3園を回りましたが、案の定どなたにもお会いすることはできませんでした。

その3園は経営が同じで、野田保育園がまとめていると聞きました。
でもその野田保育園は津波の被害で跡形もなく、古くなって閉鎖されていた旧園舎で仮に運営されている状態でした。

野田保育園仮園舎から少し車を走らせると、もう久慈市に入ります。
「私たち、ほんとに遠くに来たんだねぇ」
余計なことですが…^^;

もう一度役場に戻り、保育園の連絡先電話番号を確認して野田村を後にしました。

 

次に向かった先は田野畑村。
野田村に向かう途中で通った道を引き返す形です。

道の駅たのはた

行きも帰りもお世話になった道の駅たのはた

ここでちょっと寄り道を。
田野畑村は山間部には牧場があったりして沿岸部とはまったく趣が違います。
そして、海も山もとても美しいです。
(これは三陸のどの地域でもそうですね^^;)

三陸産こんぶなどなど

三陸産こんぶなどなど

ここでカズコさんおすすめの「ひゅうず」にやっと出会えました。
(「道の駅やまだ」では朝は入荷前で夕方には売り切れだったのです^^)
素朴なお菓子。もっちもちがおいしかったです。

役場を訪ねると先客がいました。
若いお兄ちゃんです。
こっそり聞き耳を立てていると、どうも被災された方々を元気づけるためのおまつりを企画していると。
そのことでまずは打診に来ていたみたいでした。
品川ナンバーの車でしたが、うっすらと東北訛りが。
訛りを聞いただけでは「どこ出身」ということはまったくわからないのですが、東北出身の若者ががんばっている後姿を目の前にしてこっそり感動しました^^

私の用向きは単純です。
野田村の時と同様、こどもたちが集まる施設について伺いました。
教えてくださったのは2カ所。
そのうち1カ所は山間部で被災地ではないということ、もう1カ所が第7便で夏服バッグをお届けする予定の「たのはた児童館」でした。

やはり野田村の時と同様に日曜日だから誰もいらっしゃらないだろうとは思いましたが、やはり
「自分たちの目で被災地を見ておかなくては」
と思い立ち、峠道を下ることにしました。

田野畑村では今までに見たことのない風景をたくさん目にすることになります。
まず目に入ったのは山肌にぽっかりと開いた穴でした。
間口の広くない山と山に挟まれた平地には、小さな駅前ロータリーが残されていました。
その穴はその両方の山肌に開いた三陸鉄道のトンネルだったんです。

すべてを津波に流されてしまったのか、残骸を撤去したからなのかはわかりません。
とにかく残っているのは
「きっとあそこに高架の駅があったんだな」
「線路がああやって繋がっていたんだろうな」
と想像させるトンネル、高架橋脚、ロータリー、そして数段でぶつっと切れた階段だけ。

今まで被災の様子をカメラに収めることをはばかってきましたが、これは撮らずにいられなかった写真です。

カルボナード島越 碑

カルボナード島越 碑

カルボナード島越 駅名の由来

カルボナード島越 駅名の由来

カルボナード島越 駅舎跡

カルボナード島越 駅舎跡

 

駅舎の跡を臨むと後方には本当に美しい海が広がっています。
例年ならば賑わうだろうこの時期に、私たち以外には1台の車が通って行っただけでした。
人の姿もなく、あまりにも静かなこの光景に、暑さのせいだけでなく眩暈がしました。

私たちはここでしばらく無言のまま時間を過ごしましたが、教えられた児童館を探すため車に乗り込み海沿いを行くことにしました。

ほんの少し行くと、壊れた要塞の入り口のような門が見え、入って行くことに。
山と門に閉ざされたそこには、小さな集落がありました。
「避難所があるかもしれない」
とゆっくり車を進めましたが、それらしい建物はなく人家はあるけれど人影はなく、様子を尋ねることもできません。
しばらく走るとドアの開いた建物の中に人がいるのが見えたので、思い切って声をかけてみることにしました。

出てきてくださったのは若いかわいらしい娘さんでした。
用向きをお伝えしていろいろ尋ねてみますと
「嫁いできたばかりでよくわからないんです。」
ととても申し訳なさそうにされ
「待ってください。お義母さんが役場関係に詳しいですから聞いてみます。」
と電話をかけてくださったんです。

ところが、彼女の携帯はなんと圏外!
「わー、圏外です。」
と。
わー、そんなことも知らないほど嫁いだばっかりだったんだー!(私の心の中の声)
と。

そうこうするうち、颯爽と軽トラがやってきました。
降りて来られたのはいかにも「海の男」という感じの男性でした。
自己紹介をしてまた一から用向きを話し、その他いろいろなお話しを伺いました。

私はてっきり、要塞のように守られた感じのこの集落は大きな被害はなかったものと思い込んでいました。
でも、思い起こせば入口は破壊されていたんです。
広場のように見えた場所には以前は建物があったことを知り、愕然としました。
三浦さんとおっしゃるその男性は
「うちの倉庫もなんとか使えるけど、1mくらいは浸水したから。」
ほらあの線まで、と示してくださいました。

児童館には帰宅後に電話できるとして、ここの集落のこどもたちにも何かできないかと思ったので、思い切って三浦さんに相談してみました。
「持ってきた支援品をこどもたちにお渡しいただけないものか」
するととても快く引き受けてくださることになったのです。
「幸い倉庫も使えるからね、置いておくのも問題ないよ。」
と。

そんなこんなで文具バッグ、保育園セットを男女各20セットをお預けすることができました。

田野畑村 三浦さん義父娘

田野畑村 三浦さん義父娘

たくさんの貴重なお話しをしてくださった上、お引き受けくださった三浦さんご一家に感謝です。
この状況下でこの地に嫁いでいらしたかわいいお嫁さん。
そして「娘です」と改めてご紹介くださったときのお父さまの優しい眼差し。
とても素敵なご家族との出会いでした。
そして、心をこめてご用意くださったみなさんにも心から感謝いたします。
そのお気持ちがあってこそのこの度の出会いでした。
本当にありがとうございました。

とても離れがたい気持ちでしたが、最後に必ずまた来ることをお約束して田野畑村を後にしました。

 

いつも長くてすみません。
続きはまた後日。

 

 

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書いたひと:Rocco 2011年8月4日 04:31 | Comments (4)

第6便【夏服バッグ】ご報告4へのコメント

  1. bunbunママ - 2011年8月4日 @ 17:40

    まず 2日目のご報告 ありがとうございます
    ニュース等では知ることのできないことを
    知ることができ これからも 微力ながら
    お手伝いしていこうと改めて思いました

    続きのお話 お待ちしております 

  2. Rocco - 2011年8月5日 @ 01:57

    > bunbunママさま

    お世話になります。
    現地に足を運んでみなければわからないことが本当にたくさんあります。
    そして、足を運んだところで目にできることはほんの一部でしかありません。
    欲張らずできることをやって行くしかありませんね。
    第6便の完結編は第7便の出発までに書けるかどうか不安になってきました~~^^;

  3. Tom子@サポーター - 2011年8月5日 @ 06:36

    写真を見て、愕然としました。
    なんと言ったらいいのか言葉が見つかりません。
    三浦さんご一家との交流に、ちょっとほっとしました。
    保育園セットが届いたみたいですね。
    そろそろ怒濤の日々がはじまりますね、どうぞよろしくお願いします。

  4. Rocco - 2011年8月5日 @ 12:55

    > Tom子さま

    今日はたくさん届きました。
    いよいよ!って感じです^^
    田野畑村は第7便でも伺いますよ!
    児童館は夏休みでこどもたちに会えるかどうかわかりませんが、先生方にお会いできるのが楽しみです^^
    長く支援できたらいいな…と思ってます。

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