いつも「おばちゃんのきもち」の活動にご理解とご協力をいただきありがとうございます。
今日は第16便「クリスマス便」のお届け道中のご報告2回目をお送りします^^
宮古市赤前保育園でのお届けを終えた頃には、各園の先生方のご協力でスケジュールの遅れをすっかり取り戻していました。
赤前保育園から田野畑村のたのはた児童館までは約1時間半の道のりです。
途中の道路があちこちで工事のために片側通行になっており、2時間ほどのゆとりをもって向かいました。
昨年のように雪に降られることもなく、時間も余裕。
ここまで駆け足だった私たちは少しほっとしながらの道行でした。
たのはた児童館ではこどもたちが準備万端で待っていてくれました^^
こちらでもひとりずつ手渡し。
プレゼントをもらって嬉しくなって、思わずサンタさんに抱きつく子、CHU!としてくれる子もいましたよ^^
1日目最後の園なので、ひとりずつ記念撮影も。
そして、最後は全員で記念撮影。
「また来年くるよ」
と退場しました。
最後は児童館近くの仮設住宅に佐々木さんを訪ねました。
未就園児や小学生にクリスマスプレゼントをお届け、私自身1年ぶりの再会でしたのでちょっとお邪魔していろいろお話をしてきました。
仮設住宅の外壁がかなり痛んできてしまっていること。
村一番のホテルが営業を再開したことなどなど。
そして、高台移転が早くから決定していたのになかなか進んでいない現状。
遺跡が出てしまってストップを余儀なくされているそうです。
これは田野畑村だけの問題ではなく、あちこちで出土し開発を妨げているようでした。
長い目で見れば歴史的な発見なので仕方のないことなのでしょうが、落ち着き先を心待ちにしているひとたちのことを思うとため息ばかりが出てしまいます。
外はすっかり暗くなり、寒さが身にしみるようになった頃、別れを惜しみながら仮設住宅を後にしました。
車に乗り込むとここまで休憩らしい休憩をとっていなかった私たちは、やっと肩の荷を下ろした気持ちになっていました。
1日目のスケジュールはそれほどハードだったのです^^
あとはホテルに戻ってごはんを食べて明日のためにゆっくり休もうね、なんて話しながら三陸自動車道を宮古方面に引き返していました。
岩泉トンネルに入りかけたそのとき・・・
おっちゃんのiphoneが滅多に鳴らない緊急地震速報を告げました。
車に乗っていたためか揺れはまったく感じなかった私たちでしたが、その後間もなく我が家の近くに住む私の父から電話がかかってきました。
「千葉も結構揺れた、そっちは津波の心配があるらしい」と。
小本を過ぎる頃にはあちこちからサイレンや避難を促す防災無線が聞こえていました。
とにかく田老の道の駅まで行こう。ということになり、そこで待機することに。
私たちが「道の駅たろう」に着いた頃にはまだまばらだった車がみるみる間に避難してきた車でいっぱいになりました。
そこでは大型テレビでNHKの放送を見ることができたので、みなじっとその画面を見守り一様に不安な様子でした。
でも、少なくとも私たちが知る限りはみなさんとても落ち着いて行動されていたと思います。
多くの方々が私たちを心配してtwitterなどでメッセージをくださいました。
情報も続々いただけて、とても助かりましたし心強かったです^^
ありがとうございました。
同時に思ったことは、今日会ったこどもたちのこと。
大きな揺れやものものしいサイレンの音は、いやでもあの日の記憶を呼び戻してしまうと思います。
やっとパパやママから離れることができるようになった子がまた笑顔を失わなければいいな。
祈ることしかできない無力感でいっぱいでした。
みなさんご存知の通りその後20時過ぎに警報が解除され、みな無事に帰途に着くことができてほっとしました。
ホテルにたどり着くと、遅延していたメールがどどっと届き。
そのほとんどが
「ホテルまで着けなかったらうちに泊ってください。」
とか
「寒くないですか?困ったことはないですか?」
と言った現地の方々が心配してくださったもので、そのあたたかさに申し訳ないやら有難いやらで涙が出ました。
そんなこんなで第16便お届け1日目を無事終えることができたのでした。
2日目以降はまた次回に!
報告ありがとうございます。楽しみに読んでいます。
手伝ってくれた仲間にも印刷して読んでもらえるようにしています。
地震、とにかく無事でよかったです。
緊急地震速報の音が鳴ると私たちでも不安になるのに、
あの日の体験をした子供たちがサイレンとかを聞いたら…
不安はとても大きいのだろうな、と思います。
おばきも、子供たちを始めとしたみなさんが笑顔を少しでも増えるように、
これからも続けていきたいと改めて思いました。
> りえさま
お世話になります。
ご愛読くださってありがとうございます^^
と同時に遅くてごめんなさいね^^;
私たちが現地で聞いても胸が騒ぐような状況でしたから、あの日を体験したひとたちは本当に不安だったと思います。
これからも寄り添っていただけると心強いです。
よろしくお願いしますね!